Jazz喫茶CANDY

ついこの間のことだが、ジャズ喫茶のCANDYという店に伺った。場所は千葉県のJR稲毛駅前。開業が1976年。少々古びたビルの地階へと向かう階段が急角度で狭い。このあたりは古典的ジャズ喫茶の伝統を十分に踏襲している。古いスピーカボックスのフロントバフルを貼り付けたドアは、ジャズという音楽のアウトローを物語るつもりか、はたまた、それとも破れかぶれのデザインか。で、そのドアをグイと押し開けるとコルトレーンが聞こえてくる。ぷんぷんとジャズが匂う。  

カウンタ越しに振り返った店主を見て僕は、「!」。美人ママの林さんがこっちをみてニッコリ笑っている。ジャズは男の音楽だ、と長年信じてきた僕にはそれだけで奇跡的な光景だ。ジャズ雑誌はどうしてこういう店をもっと紹介しないのだろうか。  
片側がびっしり詰まったレコード棚で埋まった決して広くはない店内が常連客との距離を離さず、親密感を増している。スピーカは当然の如くJBL。15インチ2235Hウーハーと4インチの2450Jドライバによる2WAY。ジャズ喫茶定番の075はなぜか無い。あとで聞いた話だが、林さんの耳がそうささせたという。パワーアンプがFMアコースティクのFM-801。アナログがEMT930でCDがスチューダD730(斜めのパネルの奴です)。  
いやはや全く、一部の隙も無い選択だ。オーディオ好きの常連客が美人ママにお節介して選んだのではないか?この頁を読んでいるアナタ、そういう邪推をしたでしょう?いや、実のところ私も最初はそう思ったのである。ところが、コルトレーンとキースジャレットが好きな林さんが徹底して選び抜いたのがこのラインアップ。オーディオマニアというのは皆さん本当に親切だ。候補になる機器の情報にはお陰で不自由しないらしい。しかし誰が何と云おうが、音だけは譲れない、という彼女は自宅でも4344とマッキンでジャズを聴いているといから只者ではない。  
驚くことがある。日本のオーディオ界では知らぬ者がいないステレオサウウンド誌。上記の機器を選んだとなると、普通はある一時期、この手の雑誌から情報を得たり何らかの影響を受けたりするものである。ところが林さん、この本の存在をつい最近まで知らなかったという。いわゆるオーディオマニアではないことが良く分かる。 では、僕が何故その店に行ったのか。

それは彼女が「プリアンプ探し」の真っ最中で、オーディオショップや友人知人常連客たちから借りまくること15機種。内外の現代ハイエンド機器からビンテージまで、徹底して聴いたという。周りからは、もう諦めなさい、と云われる始末。が、「絶対に満足するものがこの世に有るはずだ」との信念で探しまくったらしい。そして遂にイルンゴという余り有名でないブランドにたどり着いた。つまるところ、僕の作るイルンゴのフェーダーcrescendo205は世界中のプリとの比較から唯一残ったという、大変な栄誉を戴いたことになる。  
僕だってその程度の自信は持って作っている。そうはいっても歴史有る、そして僕自身憧れのEMTやスチューダとFMアコースティックの間に入って、互角の仕事ができたのはやはり嬉しいことだ。
 
さて、このお店の音のことだが。  
通常ジャズ喫茶で鳴っているJBLは荒く、ガチン、バシン、ドシンというイメージが僕には染みついている。しかしCANDYの音はしなやかでナチュラル、かつ力強い。それはイルンゴ製品を入れる前から下地は出来ていた。あと一歩。その決め手に欠けていた時期に、幸運にも僕はcrescendo205を携えて伺ったことになる。音の調整中、クラシックを聴いた。ビバルディのバイオリン曲。バロックバイオリンでビオンディが演奏したものだが、いやはやそのヌケのよさ、しなやかさ。とてもジャズ喫茶とは思えない。考えてみるとJBL以外の主要機器がヨーロパ製であることに気づく。  
とはいえCANDY全体の音調はニュートラルよりややジャズっぽい。僕はカウンターの上に乗せてあったアナログ盤コルトレーンのクレッセントから、ワイズワンをリクエストしてみた。
ウーム、ここまで出ちゃっていいんものか。気持ちが良すぎます。さすがアナログ、EMT。艶があって濃密で、開放的で、きつくなく、迫力が有って深い。  
キースジャレットを聴くと、独特の余韻、響きを取り入れた不変のECMサウンド、そういうものがよく分かる。勿論、縦長の部屋でSP間隔が狭いから音場広がり的要素は感じない。けれど、ホールの響き、余韻の再生は相当なもの。一方で、ジェイムス・カーターがサックスをブリブリ鳴らす迫力は満足の一言。
 
実はこのシステムにフェーダーを納入したとき、パワーアンプの電源を取るコンセントを交換した。金属パネルとか鉄板のプレス枠とか、オーディオ的には決して好ましくない強磁性体が使われていて、システムの中で最も大きな電流を扱う部分故に、影響が大きかったからだ。  
オーディオ機器は接続するだけで音は出る。しかし問題は音が出てからなのだ。プリを交換し、出てきた音を聴き、パワーアンプの電源コンセントを交換する必要性を感じる…。  
こういう一見、直接関係無い箇所まで、音を聴いた瞬間に判断しなければならないところに、オーディオの難しさと面白さが潜んでいるのである。  もしこのお店に行ったなら小型BOXなのに「詰まった」感じのしないスムーズな低音にも注目してほしい。
 
ジャズ喫茶CANDYは夕方6時から夜更けまで営業、日曜祭日はお休み。美人ママはかなりの頻度でジャズの生を聴きに出かけ留守になるそうだから、遠路から向かう人はあらかじめ電話で確認するのが賢明だと思う。幕張メッセに行ったらあと一歩、足を延ばせ!

千葉県千葉市稲毛区小仲台2-5-13電話043-255-1349